そのお相手と本当に生きてゆきますか?

五十嵐です。結婚相談所の仲人にはこんな人もいるんだな…この様に考えている仲人もいるんだな…と知っていただけたら嬉しいです。

もくじ

他人の事ほど、よく見えるものですが…

みんな他人の相談には乗れる。アドバイスまで出来る。
「そんな人とは別れて良かったと思うよ」そんな言葉も軽く口づさむ。

けれど自分の事だけが、不思議に全く見えていないのが、人間なのです。

「執着心」「依存心」

彼女がいる人との交際や、不倫の相談をされた事はおありでしょうか?そんな時昔の私なら、それがどれだけ愚かな行為か、相手の気持ちなど気にもせず、ありとあらゆる言葉を放っていました。何が正しくて何が間違いか、喧嘩になろうが嫌われようが、ただ「正しい」事を語りました。

誰も幸せになれない、相手がどんな立派な事を言おうとも、どんなに魅力があろうとも、全て台無しになる程の威力のある行為が、彼女のいる人との交際であり、不倫であり、それは糖尿病になろうとも、虫歯になろうとも食べ続けてしまう、甘く美味しい飴玉に過ぎないのだと、その人との関係を続ける限り、あなたがあなたを粗悪に扱い続ける行為であるから、幸せになれる道を歩んで欲しいのだと何度も語りました。

あなたしかあなたを守れない。「自らを地獄におとしいれる行為」

あなたはあなたを幸せな場所まで連れてゆくべき義務がある。

だから正しく生きるべきだと、正しくあるべきだと押し付けてしまっていました。

本人が決めること

誰にでも自制心が弱い瞬間はある。けれど「執着心」「依存心」の強い人ほど、その沼から足が抜けなくなる。そして必ずと言っていい程「好きだから仕方がない」「良い人なの」と言い「トキメキ」もいつまでも強くあるという。他人に何を言われても同じ、言われてどうにかできる事ならそうはならない。だから私はいつしか人の生き方を否定する事をやめた。そうして生きる他出来ない人、流されるままにそこにいて、間違えた時に潔く切り替えたくても道を切り替えられない人、それをしたいとも思っていない人がいる。

それでも心の底から幸せだと思えるのなら、それでも良いのかもしれない。
けれど本当は強く苦しみながらも、自分が何も出来ないという事を、心から信じている人がいる。

その人の未来がそれでも今より良くなる事を、祈る事しか出来る事はなくなった。
人間はとても弱い、そして思っているよりも強い。
正も悪もない、人生にその経験が必要だとも言う。

甘くて深く、けれど息も出来ない、不幸の沼からいつかは抜け出せる。抜けだしたら思う、何で私はそこにいたのだろうかと…

「そんな人」との恋愛など潔く終わりにして、早くもっと相応しい人を見つけられる場所に移動したら良いのにと他人の事なら、思う事は多くあるのではないかと思う。

お相手の奥様の立場はさて置いたとしても、恋した時からはかなり長く築き上げてきた他人には分からない二人の関係性、いつまでもイチャイチャなどしていない、髪を振り乱し子育てをしていたり、女を多少失っている様にも見えたり、時に旦那をおざなりにもする様な時もあるのかもしれない、そんな相手からなら、満タンの女性ホルモンで磨き上げた女が本気を出せば奪えるのかもしれないけれど、何ともフェアではないし、キャピキャピして恥じらいでも見せたら…そりゃ誰だってどうにでもなりそうでしょうし…それはそれで自分としてはしょうもないように感じるのですがあなたはいかがでしょう?どんなシチュエーションもあるので一概には言えませんが。

不倫は純愛とも言う

ただ…かなり増えているのも確かな様で、「不倫は純愛」と思っている人もいる。見返りを期待しない、期待できない恋だという点で、それを自己犠牲とは言わず自分にとっての本当の幸せだとするのなら、私はもっと何も言えない。

不倫ならもっと分かりやすいけれど、不倫までいかずとも結婚願望があるのに繋がらない恋愛、体だけの関係、パワハラやモラハラ、金銭感覚を含めた価値観の違う「合わない相手」との付き合いも含めて。

ひとつも心が幸せを感じていない事に、ある日ふと気がつく事もある。

同棲解消

私はこのところ、首を寝違えた事から始まり色んな事が起こって、約半年の同棲を解消した。違和感にフタをしたままいたけれど、どうやら価値観の違いに限界が来ていたみたいで、またひとりになってしまった。後ろを振り返れば私がムリだと感じる事の数々の伏線がはられていたように感じる。俯瞰して他人事のように見れたのならもっと早く決断する事も出来たのかもしれないけれど、それは難しかったのかもしれない。

何をされたわけでもないけれど、愛は育っていなかったし決定的に合わなかった。

よく言われているように「好きな事や趣味が合うことよりも、数少ない嫌な事が同じだとしたら一緒に過ごしやすい」と、嫌だと思う点が多々違っていたのだ。だからと言って相手に価値がない訳ではなく、また合う人と幸せになれる。
他の誰かが「ぴったり合う人なんていないわよ」と言ったとしても、その人はそうでしょうが、お互いに傷つけ合いながらそれでも一緒にいる事を選ぶ理由が私にはないのです。

良い所は誰にでもあるし、大抵の人がそこそこ優しい。でも生き方や目指す方向も全く違う。私が心地よい気持ちでいられないなら「合わない」という、ただそれだけの理由で終わりたいのです。それはまわりまわって相手の幸せにも絶対に繋がるはずです。

もうひとりで良いわ!とも思わないし、何とかして見つけないと!とも思えない。そのうちまた誰かしらと会うのかもしれないし会わないのかもしれない。

案外スッキリした気分で元気ではあるのだけれど、それでも出会って別れて、その度にすり減っていくような気分になっているのなら、元気玉が補充されるまでは無理をせず、仕事と趣味に没頭する方が良いのだろうな…と思うのです。

うるさいYouTubeと輝かしいそれぞれのインスタと、激しく記憶に残らないティックトックと、何だか暗い気がして避け気味のXと、ただただ過ぎてゆく時間と、朝と夜の繰り返しが当たり前でもないのだけれど当たり前に感じて、自分だけが随分と遠くまで来てしまったような気持ちになる。

でも多分良い所に向かっている、その途中なのだ。

悪い事はいつも良い事に繋がっていた

結構長く生きて来て、悪い出来事が、いつもとても良い出来事に繋がってきたことに気づいた。
あなたの今は上手くいっている?それとも上手くいっていない?それはいつも途中でしかない。かつて良い事だと思った出来事、それがあったから都合の悪い事に繋がる時もある。そうしながら私たちはこの世で色んな経験をし続ける。

次のステージに行けたなら、また次のステージにも行ける。諦めなければ叶う夢がある。
私はそういう風にどんな時も信じて、生きてゆきたいと思うのです。

いかがでしたか?
あなたに相応しい一生涯のお相手に早くお会い出来ますように心から願っています。

私の結婚相談所に興味がありましたら個別説明会へのご予約をお入れください。お待ちしております。

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