『嫌われる勇気』と言うよりは…『愛される為に生きるな』

Ring the Bell Counseling room
結婚カウンセラー14年目
心理カウンセラーでもございます。

 

 

アドラー心理学の
「嫌われる勇気」
ご存知でしょうか?

 

 

 

本の売れないこの時代に
すっごい数、売れました。

 

 

わたしは…

 

その本を読んだ時、
かなり面白いと
感じました。

 

 

 

しかしながら…

 

 

『こうでなければならない』
『これは絶対正しい』
『この人は、この本は完璧』

 

 

そう思い込むのは
何にしても
とてもコワイ事であります。

 

 

 

 

こちらの本には

 

 

 

原因論を否定、
人の行動の全ては
目的論からである。

 

 

 

だからこうなんだ。
これからもずっと
こうなんだ。

 

 

 

「原因論」になっているけれど、
それは、間違いだ。
と言っているのです。

 

 

 

人は、目的論で生きている。

 

 

人は、目的を達成する為に、
生きている。

 

 

まぁ…

 

 

言ってはることは、
少し分かります。

 

 

 

 

結婚相談所で入会説明の際、
「今まで結婚出来なかった」

 

その事実を100%の方が、
抱えて来られます。

 

 

 

その『今までうまくいかなかった』
という、『原因論』

ひとまず置いて、
せっかく婚活を始められても…

 

半年も、たたないうちに

 


『婚活しても上手くいくはずがない』

 

 

という、原因により、

 

どうせ、この先も上手くいくはずがない』

 

 

人によっては…

『今、じゅうぶん満足な生活をしているのに、
結婚することで、今以上に幸せな事があるとは思えない。』

と考える方もいます。

 

 

そんな時に、原因論でなく何が
『目的論』なのでしょうか?

 

 

婚活をあきらめる人にも、
『原因』などない
アドラーの説なら言うのです。

 

 

 

そこにあるのが、『原因論』でなく、
『目的論』だとしたら、
『もう婚活はしんどいからやめたい』
『あきらめたい』

 

という
目的があるということになります。

 

 

どんなに同じ様な、
いやもっとひどい
原因を持っていても
諦めない人は、
自分の想いを叶えようと
まだ見ぬ人に、
会い続けるのです。

 

 

 

それは『目的論』
わき目をふらず、
目的をひたすら果たそうとしています。

 

 

 

 

でも…
出会っていない人の方が、
世の中には沢山いるのに…

 

 

 

過去の経験という
大きな原因論を持って、
そこに縛られて、
その考えを完全に正当化して、
自分の本当の目的である想いに、
フタをしてしまう人もいるのです。

 

『もう、あきらめたい』

 

そこに、成長はありません。新たな経験もありません。
そして、何もせず少しは楽になったようで、また色々何の役にも立たない事を、延々と考えてしまうものなのです。

 

 

 

でも…
それは、私が考えても仕方がない領域、
その人の課題なのです。

 

 

 

だからこその「嫌われる勇気」にある
こちら↓

課題の分離

 

 

生きていると、
色々な出来事が起こります。

 

 

ふりかかる問題の全てを、
自分の問題として、
いちいち考えると、
パンクしてしまいます。

 

 

ともかく、それを一旦考える。
自分の問題か?
相手の問題か?

 

 

そして…
自分の問題ならば、
それは自分の力で
何か出来る問題なのか?

 

 

自分の問題、他人の問題と
何も出来ない問題は、
分けてしまう。
そして…

 

 

考えない、
問題を無視する。

 

私自身、なかなか、実際難しいけどねー((+_+))

 

 

他人の問題や、自分の問題だとしても、
自分の力でどうする事も出来ない事に、

注力し過ぎる事は意味がない。

 

他人は思い通りになる事はない。

 

馬を川辺まで連れて行く事は出来るが
そこで馬が、水を飲まなければ、
他には何も出来ない。

 

 

結婚相談所に登録しても
お見合いされないからと、
無理矢理にでも、何とかして
お見合いしてもらおうとしたら…

 

 

川辺まで行ったのに、
水を飲まない馬に、
首を無理矢理押し付けて、
必死で水を飲まそうとするのと同じ…

 

 

そんなことすると…
余計に水を飲まなく
なるかもしれないですね。

 

 

そして、あと1つ。

 

『全ての人は対等なのだ。』

 

人に上下などない。
なので、
ほめることも、
してはいけない。

 

『ほめる』
その事は、承認欲求を満たし、
上下関係をつくることになる。

 

ほめるのは、
上からだと言うのです。

 

なので…

 

 

ほめずに、どうしたら良いのかと言うと
お礼をいうことです。
感謝するということです。

 

 

いつもありがとう。

 

 

 

確かにわたしが、
会員様に言われて、
よく嬉しいと感じるのは

 

五十嵐さんの所に来て良かった。

ありがとうございます。

 

という言葉です。

 

けれど、以前会員様と
他に結婚相談所が増えてきた
という話になった時、

 

『五十嵐さんは、どんなに結婚相談所が増えても、
どんな時代になっても、絶対大丈夫ですよ。
五十嵐さんにしかないワールドがあるから…』

 

その言葉も、又どんな時も
私を強く支えてくれました。

 

けれどそれは、その方に
承認欲求を、いただいたのです。

 

 

それは…
本当に悪い事なのでしょうか…
承認をいただく為に
お仕事をしている訳ではないけれど、

ほめられたら、
認められたら、
単純に嬉しい。

と思ってしまう私も、確かにいます。

 

ただ…
承認欲求の奴隷になってはいけないという
事でしょうかね…

 

承認欲求の奴隷になり、
他人の課題を自分のゴールにしてはならない。

 

 

 

誰かに認められる為だけに
生きたのなら…
自分の人生でなく、
その人の人生を、生きる事になるから。

 

 

なかなか…
考えさせられますね。

 

 

やっぱり、承認欲求で言うならば…

 

に喜んで欲しいとか…
親に喜んでもらえなかったとか…

 

どの子にも少なからず
ありそうです。

 

わたしが先日、つい愚痴った時、
『子供なんて、そんなもんよー!
なにも返してなんてくれないよー』
と母が言ったのです。

 

私はとっさに、
『お母さんには、返してくれる可愛い弟がおるやんかー』
つい言ってしまいましたが…

『そうやわ、あの子は反抗期もなかったし…』
結局、まだ言うのね…

 

 

去年は奮発して、カニも行ったし…
なるべく、外食も払う様に心がけてるし…

 

70のお誕生日をむかえるし、
喜んで欲しくて、お祝いの日の事など
ちょこっと思い出すと…

 

『伝わらないものなんだなぁ…』
『結局のところ、返せてないんだなぁ…』
何だか切なくなってしまいました。

 

 

でも…
自分がしたくてした事で、
恩着せがましく言う事でもない。

まぁ…このお方はそんな感じなんだな…
って受け取るだけのこと。

 

もっともっと!
母に認めてもらう為に、
喜んでもらう為に、
借金してでも何としてでも、
親孝行頑張らないと!
ってことじゃないってことね。

 

『子供なんて返してくれないよ!そんなもんよ!』
そういう母の方に、課題があるだけで、
それまで私の問題にしてしまうと…

 

『お母さんは、苦労もしたけど、
二人に色々返してもらって幸せよー!
いつかあなたにもそんな日がくるわよー』

とかとか…
言ってくれたりしたら…
嬉しいだろうに…
そしたら少しは癒されたのに…
とか、いらないことを考えて…

 

でも…それを、そんな風に言うのも
母の課題で、私の課題ではないのです。
そして…
母が課題としなければ、誰の課題でもないのです。

 

『なぜあの人は…』
『どうしてこの人は…』
自分の思い通りにならない事を、
思い通りにしたい、
こうであって欲しい
そんな親に変えたい!
ということに繋がってしまう…

 

だからね…
自分自身が…
心穏やかではいられなくなる。

 

親孝行についてはね…

 

私は出来ることなら、定番だけれど、
なるべくした方が良いと思う。

 

感謝している芝居だったとしても
した方が良いと思う。

 

なぜなら…
赤ん坊はひとりでは
生きられないから…

 

絶対に人の手がないと
無理だから…

 

そこを乗り越えられず
殺してしまう親もいる。
男に溺れる親もいる。

 

それでも、
わたしたちは
生かしてもらえて
ここにいる。

 

そして…
順番通りならば
先に行く。

 

行ってからでは
遅いのだ…

 

だって…あれこれあっても…
人格100%の人間なんていないしね…

 

でも…
どうしても親孝行なんてしたくないなら、
そんな自分を、認めてあげてほしい。

 

それだけ…
傷ついた心を
まだ傷ついている心を
癒してあげてほしい。

 

 

どうやっても
親を愛せぬ者ほどに、
傷は深い…

 

 

どんな親だったとしても
子供は全力で愛そうとする。
一生懸命、愛そうとした、
小さな苦しむ子が、その心にまだいる。

 

 

愛したその分
憎しみも深い。

 

 

 

親孝行など考えずに
まずはその心の中の
小さなその子の傷を
癒してあげてほしい。

 

 

 

大きな事を成し遂げようとか、
どこかで1番になるとか、
そういう目標をもって、
頑張ることも素晴らしい。

 

けれど…

 

それが目標である限り、
常に私たちは、周りの位置と、
比べなければならなくなる。

 

 

落ちないように…
負けないように…

 

 

 

みんなに認めてもらえるように。

 

けれど…

 

 

私がやりたかったことは、
婚活が上手くいかない時も
カウンセリングで
1回でも笑かして、
笑顔になってもらうこと…

 

 

 

その為ならば…
おバカだと思われても
良かった。

 

 

 

自分で最後の水を飲み、
本当の笑顔を見せてくれる、
そういう場所で
ありたかっただけなのです。

 

 

婚活アプリには
絶対出来ないこと。

 

 

 

アドラーの嫌われる勇気は
嫌われる勇気というよりも…

 

 

 

愛されようとばかり
努力するのは、おやめなさい。

それは…
他人の人生を生きることになる。

 

他人に認めてもらう為だけに
生きなくても良いのよ。

 

って内容に感じました。

 

ともかく、

あなたは私でもなければ、
アドラーでもない。
たった一人のあなたです。

 

参考になる所は
参考にされ…

 

違うと思うことは
違うのです。

 

あなたは…

私の下でも
上でもない。

 

例えお客様だとしても…

 

 

諦めたいなら、
諦めたら良い。
やりたくないなら
やらなければいい。
会いたくなければ
会わなくても良い。

 

 

ひとりで生きるよりも
素晴らしいふたりが
そこにあることを
やっぱり信じながら、
わたしはこのお仕事を
続けて行きたいと思っています。

 

 

他人の課題を、意味もなく抱え過ぎないで、
自分の課題を、次々クリアしていきたいです。

 

貢献し、感謝されること、
とてもありがたいお仕事です。

 

でも…
感謝されなければならないこともない。

 

たとえ…

 

 

 

ありがとう
と言ってもらえなくても…

 

感謝
してもらえなくても…

 

私は私の出来る事を
していきたいと
そんな風に思います。

 

(^_-)-☆

 

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